thinking out loud

たわいない日々を感じるままに 思うままに・・・ 気まぐれな独り言



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
母性 :: 2012/06/27(Wed)

入院中に小児科の先生による簡単な育児指導というか
勉強会みたいなものがあったのですが、
そのときに先生が言っていたことが印象的でした。

赤ちゃんのお世話、何をどうやればいいのか、
ひとつひとつ手取り足取り教えてもらったわけでもないのに、
みんな何となく出来ているでししょう?
それは、「子供を産んだから」なんです。
出産した母親に本能的に備わっている能力なんです。

という話。
たしかに、習っていないことでも何となく適当にできたり、
寝不足で辛くても何となくがんばれたり、
ママには不思議な力があるみたい。

だけど、Jazzyの友人で、
子供を産んで育てるのはすごいこと、
子供を産んで育てないとわからないことが沢山ある、
といったことを何かにつけて度々言う人がいて、
それはその通りかもしれないけど、
子供を産みたくても授からない人や結婚相手に
めぐり会えない人もいるんだから、
やたらとママはエライ的なことを言う彼女に
Jazzyはちょっと反感を抱いてました。
でも、自分が子供を産んだこともないのに
反論するのはただの負け惜しみみたいで
何も言えなかったけど、出産を経た今なら言える!
そういう話はママさん同士の場だけでしなされ。
(本当に彼女に言いはしないけどね。。)

ところで、予想もしなかった事態になりました。
夫に対するイライラが収まらないのです(> <)
離れ離れであんなに寂しかったのに、
早く一緒の生活に戻りたかったのに、
全然ラブラブモードに戻れない。
頭では「あぁ、またイライラしてるーだめだ」と
思いつつ、イライラを抑えられない。
これも、身体の変化の影響による生理的現象なのでしょうか。
出産後は、赤ちゃんを守ろうとする本能が強いため、
夫に対して時に嫌悪感まで持ったりするんだとか。
Jazzyも一瞬、これからこの人とやっていけるだろうか、
という気持ちになりましたー。。。。。

でも、3日目の昨日は少し冷静になって大きな衝突なく
過ごせました。3人で仲良くやっていかなくちゃ。


スポンサーサイト
  1. 日々のあれこれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
新しい生活 :: 2012/06/25(Mon)

出産のための里帰り生活終了!
迎えに来てくれた夫と、赤ちゃんと、3人で
東京に戻って来ました。

あんなに楽しみにしていた夫が迎えに来てくれる日。
だったのに。
Jazzyはなぜだかすっかり落ち着きを失って
ずーっとイライラしっぱなしでした。。
最後の最後まで解消されることのなかった両親への色々な不満は、
もうお別れなんだから両親のことを気遣わなければ、
という気持ちと同居して複雑になり、
嬉しくて舞い上がってる夫とはなんだか会話がかみ合わず。
イライライライラ・・・、結果、夫に当たってばかりいました。
反省。

両親は、Jazzyと赤ちゃんが去って寂しい気持ちと
ほっと肩の荷が降りるような気持ちと半々なんだと思う。
Jazzyも複雑な気持ち。
約3ヶ月間、Jazzyなりに両親と仲良く過ごそう、と
努力したつもりで、
楽しかったこともたくさんあったし、
穏やかに過ごせた時間もたくさんあったけど、
もう実家に長期滞在はしたくないな、というのが本音。
だけど、父も母ももう年老いてるんだから、
今さらながらもっとやさしく接すればよかったな、と思ったりもして、
そうすると何だかすごく寂しい気持ちになります。

何はともあれ、赤ちゃんを含めて3人の新しい生活の始まりです。
3ヶ月前まで生活していた自分の家だけど、
これからは赤ちゃんのいる前とは違う生活。
昼間は赤ちゃんと二人きり。
実家では、赤ちゃんが泣くと父と母が、どうしたどうした?と
すぐに飛んでくるので、あまり泣かせないようにしていて
それは少しストレスだったけど、
でも、ぐずっている時に父か母が代わる代わる
抱っこしてくれるのは、やっぱり助かりました。
今は、誰にも気を遣わずに赤ちゃんと二人だけで、
二人のペースで過ごせるけど、その代わり、
どれだけぐずっても泣き喚いても自分しかいない。

でも、あまり気張らずにのんびりした気持ちで
楽しめたらいいな。

そうそう、義両親への「ばら売り袋詰め」のお菓子は、
いい解決方法を思いつきました。
昨日早速、義両親と義姉が赤ちゃんを見に家に来たのですが、
そのときに「ウチの両親が持たせてくれたお菓子です」と
器に盛ってお茶うけとして出し、余った分を適当に
持って帰ってもらいました。
あの袋をぽんと渡すよりはよかったと思う(苦笑)




  1. 日々のあれこれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
幸せな空間 :: 2012/06/23(Sat)

昨日、赤ちゃんとママの1ヶ月検診に行きました。

赤ちゃんは、体重が約4.5Kgになっていました。
1ヶ月弱での増加分は1,500gでした。
普通、1ヶ月で900g増えるくらいが平均だそう。
母乳がものすごくよく出ていて、
赤ちゃんもよく飲んでくれていて、
ずいぶん大きくなりました。
もうむっちむちです。

妊娠・出産を経て、自分は本当に健康だな~と思いました。
両親に感謝しなくちゃ。
妊娠中は、つわりと身体の小ささでの辛さは本当にひどかったけど、
でもつわりでほとんど食べられなくても、
それから出産間際にはJazzyの体重が増えてないときでも、
胎児の体重は順調に増えていて、
それってたぶんJazzyの身体がとっても健康で栄養状態が
いいんだろうな~と思いました。
今のところ、赤ちゃんもママの健康さを受け継いでくれたようで
問題ないどころか、平均をはるかに上回る勢いですくすく
成長してくれてます。
ありがたいことだな。

検診では、入院中に一緒だったママと赤ちゃんがたくさん来ていて
1ヶ月ぶりの楽しい再会でした。同じ日に出産したママさんたちと
お互いの育児の状況について質問しあったりして楽しかった。
一人で来ている人、パパと一緒に来ている人もいたけど、
だいたいはご両親またはお母様が付き添って来ていました。

産後1ヶ月のママたちと、その赤ちゃんたち。
産婦人科の待合室はなんとなく幸せな空気が流れていて、
その空気の中に自分がいることにまた改めて幸せを感じました。



  1. 日々のあれこれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
お互いの家族 :: 2012/06/23(Sat)

結婚して大変なのはお互いの家族の関係…
というのはどこの家でもぶつかる問題だと思うけど。
Jazzyのとこもそう。

夫のうちはお金持ちの都会暮らし。
Jazzyのうちは質素な田舎もの。

いいとこ悪いとこそれぞれ。

出産時にJazzyの心にひびいたのは実両親の心遣い、
義両親にはがっかりだったけど。
逆パターンもいろいろあります。

義両親はお金持ちだからという理由が大きいんだろうけど、
人にものを贈るのがほんと好き。
正直、ときどき受け取る側の気持ちを考えずに贈るな~と
思うこともあるくらいです。
Jazzyの里帰り中、何度も宅急便が届きました。
お菓子、高級なお肉、うどん、、、など。
Jazzy両親からはお返しに、北海道産の新鮮なアスパラを
一度送りました。それと、赤ちゃんの写真もたくさん焼いて送ってた。

明日、Jazzyと赤ちゃんはいよいよ東京に戻るので、
さっきJazzy両親から義両親への手土産を買いに行ってました。
それが…。
「柳月」のお菓子、とっても美味しいのでいいお土産だと思うけど、
箱詰めはちょうどいい大きさがなかったから、とバラ売りで
買ったお菓子を袋に入れたものを渡されました。
その時点で、ちょっと舅姑に持って行くお菓子としては
・・・
と思ったけど、まぁ見た目の問題ではない、要は中身、と思ったのですが、
父の机上に置いてあるレシートをたまたま目にしてしまったところ、
たった1種類のお菓子が8個入っているだけみたい。
う~ん。。
豪華なものを送りつければイイという話ではないけど。
あんなにいろんなものを送っていただいた義両親に対して、
それ相応のお土産というものがあるのではないかと。

Jazzy母は、相変わらずかなり精神が不安定な状態。
今は、すこし躁のようで正常な判断力を欠いているみたい。
こういう礼儀的なことに関してもっときちんと出来るときもある。
今はだめ時期なんだ、きっと。
そして、父は本当にアテにならない。
何にも考えてない、というか、気がつかない、というか。

あのバラ売り袋詰めのお菓子を義両親に渡すときのことを
考えると、ちょっと憂うつです。。


  1. 家族のこと
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
家族の溝 :: 2012/06/20(Wed)

絆が深まってもそれだけで全てうまくいくわけでは
ないのが家族。。

先日、姉の息子の2歳のお誕生日がありました。

プレゼントを何にしたらいいか、父も母もずっと悩んでいて、
結局Tシャツにしたそうなのですが、
姉の家から帰宅した母に、プレゼントどうだった?喜んだ?
と聞いたところ、母はちょっとガッカリした様子。
姉はアリガトウを言うどころかサイズが違う、とまず怒ってたそう…。
違うといっても大きすぎたほうなので来年着せればいいことなのに。
父も母も、気の利いたプレゼントを全然思いつけない、
母はよく言えば倹約家、言葉を変えればケチ、なので
安い品物だっただろうし、
姉のイライラも全く理解できないこともないけど、

それでも、母がプレゼントを探してあちこち回り、
あると思ってた場所におもちゃ屋さんを見つけられずに
行ったり来たりさんざん歩き回っていたことを聞いていた
Jazzyとしては、気持ちだけでも汲んであげて
ほしかったな~と悲しい気持ちになりました。

ちなみに、Jazzyは手作りのくまちゃんをあげましたが、
Jazzyに対しても姉からアリガトウの言葉はありません。

悲しい気持ちになってたときにふと目に飛び込んできたのは、
鉢植えを入れるための藤製の飾りカゴ。
小学生のときに母の誕生日に姉と二人でプレゼントしたものです。
姉が選んで買ってきたのですが、当時、母は大きすぎるだの、
かさばるだの言って、全然喜んでくれず、
姉がガッカリしていたのを鮮明に覚えています。
結局、こんなに長い間捨てずに使ってくれてるんだけどね。

母も、姉も。。


それから、Jazzyがすっかり傷ついて落ち込んだ
授乳写真事件…。

授乳するときって、本当は部屋を閉めきってやりたいけど、
いつも開け放してあるふすまをいちいち閉めるのも
感じ悪いし、ちょっとガマンして気にしないように努めてたのですが、
父と母の超お気に入りの孫クン(姉の息子)がちょうど横にいたときに、
その子と授乳中のJazzyを写真に撮ったのです。
さらには、東京の義両親に赤ちゃんの写真を送るというので確認したら、
その授乳中の写真が入ってるじゃないですか!!
さすがにこれはやめて、と、抜き取ったら今度は母が
お気に入り孫クンがかわいく写ってるからと言って
写真立てに入れて飾ったのです。
そこまでされても、居候の身であまり波風立てたくない、
口喧嘩になるのがこわいJazzyは、何も言えず。
姉が来たときにようやく止めさせてくれて、
実の両親にこんなヒドイことをされて、
なのに何も言えない自分が情けなくて悔しくて悲しくて。
残りわずかな期間、父と母と何とか楽しく生活しようと
Jazzyなりに努力してるのに、最後にこんなことされるなんて。

でも、今度の日曜日にはいよいよ東京に戻るので
この生活も残りあと少しです!
  1. 家族のこと
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
:: 2012/06/15(Fri)

里帰りでさんざんストレスを溜めて何度も後悔したけど、
「里帰りしてよかった」と思えた時もありました。
そう思えてよかった。

母のもろい精神は、日常と異なるイレギュラーなイベントに
影響を受けやすく、祖父が危篤になった頃あたりから
通常よりかなりテンションが高めになっていましたが、
Jazzyの陣痛が始まり病院に向かった朝は、完全に「噪」の状態でした。
Jazzyは、次第に強くなる痛みをこらえながら
少しばかり背筋がゾッとしていました。
それでも、Jazzyがだんだん本格的に苦しみ始めるのを
見ていて少し冷静さを取り戻したようで、
マッサージをしてくれる、とか、
こうすれば少しでも楽になるよといったアドバイスをくれる、とか
そんなことは到底期待できなかったけど、
分娩台から動けないJazzyのために物を取ってくれたり
助産師さんを呼びに行ったり、いろいろと手助けしてくれました。

どうしてもソリが合わなくて(Jazzyのほうから一方的に、、かな)
あまり会話も成り立たず、いつもイライラさせられる父も、
赤ちゃんが無事に生まれて分娩室に家族が入ってOKになったとき、
赤ちゃんよりもまず真っ先にJazzyのところに来て、
Jazzyの手を握り満面の笑みで、
「よかったな!おめでとう!!」
と言ってくれて、とても嬉しかった。

そして、出産後、入院中と退院後の10日間ほどは、
やっぱり自分の身体がとてもしんどかったので、
父と母の手助けがとてもありがたかったです。
義両親だったら、やっぱり気を遣って気安くいろいろ
頼むことは出来なかったと思うから、
やっぱり実の両親に手伝ってもらえて助かりました。

義両親は入院中にわざわざ東京から赤ちゃんを見に来たのですが、
せっかく遠方から来るんだから、と、
Jazzyとしては精一杯の気遣いをして、
同じ日にお見舞いに来ることになっていた友達に
時間をずらしてもらったり、
授乳のタイミングを調整して義両親が来てるときに
赤ちゃんが目を覚ますように努力したり、
Jazzy両親も車でお送りしたり町を少し案内しようと
時間を合わせて病院に来ていたのに、
予定の時間よりはるかに遅れてやって来て、
しかも理由がお寿司を食べに行っていたという……。
それに。
赤ちゃんを見ることだけに夢中で、Jazzyに対しては
一言の言葉もなく、正直、がっかりしました。
お疲れ様、とか、おめでとう、とか、
何か一言くらいあってもいいのに、と思った。。
まだ身体もしんどかったのに、ベッドも椅子も全部
占領して、Jazzyが立ちっぱなしなのにも全く気づかず。

あとでよくよく考えてみたのですが、義両親が来たのは
出産後5日目。はた目にはJazzyはほぼ普通どおりの体調に
見えたんだと思う。義両親にとっては、かわいい初孫が
いとも簡単にぽんと現れた、くらいの感覚しかないんだろうな。
でも、Jazzyの両親は、Jazzyが陣痛で苦しむところから、
出産後に車椅子に乗る姿や、翌日もゆっくりゆーっくりと
歩くのがやっと、といった姿をすべて目の当たりしていたから
自然にJazzyの身体への気遣いもしてくれたんだと思う。

そう思うと、夫がそういう場面に一緒にいてくれたこと、
本当によかったと思いました。
生まれる瞬間に立ち会うかどうかは別として、
なんていうか、産婦だけじゃなく、
まわりの人もみんなで大変な思いを共有しながら
ひとつの命の誕生を迎える、という場面。
父と母も、丸1日近くのあいだ病院で待ち続けて疲れただろうし、
姉も、小さな子供を連れて、Jazzyが病院に入ってまもなくと、
赤ちゃんが生まれてすぐと、2度も駆けつけてくれた。
出産後のさまざまな後処理を終えてようやく病室に入り
みんなが帰宅したのは、夜もかなり遅い時間だったから、
みんな疲れきっていたと思う。
でも、そういう大変さをみんなで乗り越えたという感じ。

夫を含めて家族の絆がすこし深まったように思いました。



  1. 日々のあれこれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
産前のブルー :: 2012/06/08(Fri)

出産直前の精神状態ときたら本当にひどいものでした。
父と母との生活にストレスが溜まり、
父と母のほうも何となくJazzyの存在を鬱陶しく
思っているように思えて仕方なく、
一刻も早く赤ちゃん生まれてほしいと思っていたとき、

末期癌でホスピスに入っていた祖父が他界しました。
出産の6日前のことでした。
Jazzyのお産はいつ始まってもおかしくない状況だったけど、
タクシーを呼んで病院に行けばいいことだから一人でも
平気だよと言うしかなく、
危篤の知らせを受けて先に向かっていた母に続き、
父も遠方の町まで葬儀に出かけ、
Jazzyは家の中に一人になりました。

陣痛が始まるか破水するかして、タクシーで一人で
病院に向かうことには不安はなかったけど、
自分の家ではないために、神経質な父のために、
電気やら給湯器の電源やら、家を空ける前にしなくちゃ
ならないことを考えるとプレッシャーで、
(くだらないけど本当にそういうことが心配でした)

でも、逆にみんなが留守のあいだに産気づいて入院してしまえば
迷惑かけずに済むから生まれちゃってほしい、と思い、
でも、全然その兆候はなく、

さらに、赤ちゃんがどんどん大きくなっていたらしく、
椅子に真っ直ぐ座るだけでも息苦しいほどに、
内蔵や横隔膜あたりが圧迫されて苦しくて苦しくて、

一人になった静かな家の中で泣いてばかりいました。

二晩目になる夕方、母が電話をくれたとき、
Jazzyが涙声なことに気づかれてしまい、
驚いた父と母は、葬儀は終わったけどもう1泊する予定
だったのを急遽取り止めて帰ってきてくれました。

そんなに苦しいなら病院に電話してみなさい、と母に説得され、
その夜一応入院仕度をして病院に向かいましたが、
異常もなく、とにかくまだ待つだけとのこと。

父も母もJazzyを追い詰めるつもりはなかっただろうけど、
通夜、告別式が終わっても初七日など再度遠方の町まで出かける
必要があったため、
Jazzyのお産がいつ始まるかわからないから予定が立てられない、
とか、そのために叔母にまで迷惑かかっているとか、
そんな会話が繰り返され、
父にはまだ生まれそうにないのか、と何度も聞かれ、
一刻も早くこの家を離れて病院に入りたい、とばかり考えていました。
翌々日の検診時には、早朝に前駆陣痛があったりおしるしがあったりしたので、
またも入院仕度をして行きなさいと父母に言われ、
Jazzyもこのまま入院にでもなれば…と期待してしまったけど、
お産の兆候はあっても特に異常のない身体、
即入院になどなるわけもなく、
しかも、なるべく小さいうちに産みたいと思っていたのに、
推定体重はすでに3140gにまでなり(実際は3006gでした)、
赤ちゃんが元気に育っていて本当は喜ぶべきことなんだけど、
あまりにも苦しくて苦しくてたまらなかったので、
がっかりして診察室を出る前にもう泣き出してしまい、
その後、夫に電話しながら、一人で公園を歩きながら、
ひたすら泣き続けていました。。

赤ちゃんの推定体重が記された超音波写真も、
いつもは嬉しげに専用のアルバムに入れていたのに、
もうその写真を見るのもイヤな気持ちで、
母子手帳に無造作に挟んだまま。
もうすっかり絶望的に落ち込んでいました。

でも、出産が終わったらけろっと明るい気持ちに戻れたので、
ホルモンバランスの影響?か何かで、産前うつに近いような
状態だったのかな。

わあわあ泣き続けるJazzyを電話口で辛抱強く励ましてくれた
夫に感謝です。

ちなみに、赤ちゃんが生まれるのがあと1日早ければ
他界したばかりの祖父のお誕生日と同じ日でした。
親戚はみな生まれ変わりだと言っています。
おじいちゃん、3月頃には危ないと言われていたのに、
Jazzyベビーが出てこれるようになるまで待っててくれたのかな。
おじいちゃんのように他人への思いやりあふれる
優しい人になりますように。




  1. 日々のあれこれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:2
出産 :: 2012/06/04(Mon)

初めての出産。
陣痛が始まってから約13時間だったので
初産としては平均的でしょうか。
難産になることや途中で緊急帝王切開になることなども
覚悟していたけど、何も問題なく無事に出産できました。

早朝に病院に入り、分娩室で横たわって
陣痛の間隔が短くなるのを待っていたあいだ、
隣の分娩室はまさに修羅場だったようで、
産婦さんの絶叫する声が聞こえてきました。
まさに“絶叫”っていう感じのものすごい声で、
それを聞いていてJazzyは恐怖感がどんどん増していって、
私あんなの耐えられるんだろうか…って
ものすごく不安になりました。
でも、後で聞いたところによると、その産婦さんは2人目の出産、
分娩時間もJazzyよりずっと短い時間で済んでいたようで、
あとで笑い話になりましたが、あのときは本当に怖かった~。
べつの分娩室では無事に産み終えたばかりの産婦さんもいて、
出産を終えた彼女でさえ、あの声を聞いて怖かったと言ってました。
声を出すことで力を出せる人と、そうじゃない人と
いろいろタイプがあるのですね。
もともとあまり声を上げないようにしたいと思ってもいたけど、
いざ、自分の出産の場面になると何だか一体どこで声を出せば
いいのかわからなくって、わりと静かにお産しました。
父と母が、最初の「オギャー!」の産声を聞きたいから、と、
ずっと廊下で待っていてくれていて、
でも、Jazzyとしては親に叫び声を聞かれるなんてイヤだな~、
少し遠くにいてくれないかな~と思っていたのですが、
結局、廊下にはほとんど声は聞こえなかったようです。
自分でもびっくりするくらい落ち着いていて、
助産師さんにも冷静でしたね、と言われました。
赤ちゃんが出てきた瞬間には感動して号泣かも、と思っていたけど、
涙ひとつこぼすことなく(笑)、ほんと冷静にあーよかったと
言ってました。
たしかに途中はとっても辛かったけど、
あんなに辛かったつわりも、出産間際の数週間の苦しさも
がんばれたんだから…これで全部終わるんだから…
と自分に言い聞かせながらがんばりました。

パパ思いの赤ちゃんで、産気づいたのは土曜日の朝。
夫はすぐに東京から飛行機に乗って駆けつけたので、
しっかり間に合いました。
しかも、ずっと「立ち会わない」宣言をしていたのに、
何だか分娩室から出るタイミングを失ったようで、
事前のアンケートで「夫は立ち会わない」に○をしていたけど、
助産師さんたちも何も言わないし、
Jazzyも「もう出ていいよ」とか言えるような状態じゃなくなっていて、
結局、ずっと一緒にいてくれました(笑)

出産後はふらふらでほとんど歩けず、病室まで車椅子で移動し、
ぐったり疲れきっているのに興奮してなかなか眠れず…
それでも何度か目を覚ましながらも寝ていたようなのですが、
夜中の2時に突然助産師さんが起こしに来て、
赤ちゃんに問題があってお医者さまが説明をしたいから、と
連れて行かれたのはNICU(新生児集中治療室)。
呼吸に問題があるとか。
肺の中の羊水がしっかり抜けなかったそうで、
原因はママの産道が狭かったからだとか。
やっぱり、骨盤の幅が狭くてギリギリだからと心配していたけど、
本当にギリギリだったということみたいです。
保育器(っていうんでしたっけ?)の中に入れられた赤ちゃんは、
でも、元気に手足を動かしていて、
寝起きのぼんやりした頭で、若くてさわやかな小児科のお医者さんの
説明を聞きながら、そんなに深刻な問題ではないらしいことはわかり、
また病室に戻って寝たのでした。
で、結局一時的な問題だったようで翌朝にはNICUを出られました。
よかったよかった。

2週間が経ちましたが、赤ちゃんもママも何も問題なく元気です。

とにかく、無事に産むことができてよかった。
出産自体ももちろん大変だったけど、
何と言っても3ヶ月近くのつわり、その後も続いた気持ち悪さ、
そして臨月の苦しさも相当辛かったので、それらがすべて終わって、
そして、元気な赤ちゃんの顔を見れて本当にほっとしたのでした。。


  1. 日々のあれこれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。